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京都地方裁判所 昭和30年(行)4号 判決

原告 渡辺太郎

被告 中京税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、被告が原告に対し、昭和二十九年五月七日附でなした昭和二十八年度分所得税の総所得金額を二十二万六千八百円、所得税額を三万九千三百円とする旨の決定は之を取消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として、原告は昭和二十八年度分所得税の確定申告をしなかつたところ、被告は昭和二十九年五月七日附で原告の同年度分所得税の総所得金額を二十二万六千八百円、所得税額を三万九千三百円とする旨の決定をなし、同年五月十五日、原告に対してその旨の通知をしたので、原告は、同年五月二十五日被告に対し再調査請求をしたところ、被告は、同年七月二十七日原告に対し、右再調査請求を棄却する旨の決定を通知したので、更に原告は、同年八月三日大阪国税局長に対し審査請求をなし、同局長は、同年十一月三十日原告に対し、右審査請求を棄却する旨の決定を通知した。しかしながら、原告の昭和二十八年における紋型彫業による収入は、月末精算によるものが合計十万九千四百九十円、現金取引によるもの合計四万六千三百八十円であるから、必要経費を差引いた総所得金額は十五万円であつて、妻子五名についての扶養控除額と基礎控除額との合計額よりも少く、したがつて、課税総所得金額、所得税額ともに零であるから、被告のなした前記決定は違法である。よつて、その取消を求めるため本訴請求に及んだと述べ、被告主張事実中原告が昭和二十八年初頃から紋型彫業を営んでいることは認めるが、その余の事実は争う。型紙の四隅には穴があるので六丁判型紙一枚で紋型を最高四十二枚しかとれない。また、原告は昭和二十八年中に買入れた型紙のうちから、同年中に大小合せて約六百枚の準備型を作成したので、それに多量の型紙を使用し而も同年中には右準備型を商売に使用しなかつたと述べた。

(立証省略)

被告指定代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告が昭和二十八年度分所得税につき確定申告をしなかつたので、被告が原告主張のとおりの決定をしたこと、及び原告がその主張するとおりの手続を経て本訴を提起するに至つたことはこれを認めるが、その余の事実はこれを否認する。原告の昭和二十八年度の所得金額は後記の如く二十五万二千八円である。また原告は確定申告書を提起せず、扶養控除に関する申告もしなかつたので、扶養控除に関する規定は適用されないと述べ、被告のなした本件決定が適法である理由として、原告は昭和二十八年初頃より定紋型彫業を営んでいるものであるが、事業に関する帳簿類を全然備え付けていなかつたので、収支実額調査によつて所得を計算することは不可能であるから、次の方法によつてその収支を推計した。即ち、原告が昭和二十八年中に使用した型紙の費用を、仮に原告が大阪国税局長に対する審査請求書に添付した損益計算書に計上しているとおり九千八百六十円とすると、六丁判の型紙の昭和二十八年頃の単価は五十円程であるから、原告は右型紙を百九十七枚買入れたことになる。而して通常右型紙一枚を四十八枚どりとして、この一枚に一ケの紋を彫り上げるのである。したがつて、右型紙百九十七枚では紋型を九千四百五十六枚とることができるのであるが、彫り損じ等を一割五分と推定し、紋型の正味売却枚数を算出すると八千三十七枚となるが、端数を切り捨て八千枚と認めた。そして、紋型の単価は、手間の多寡によつて異なるが、大体紋糊型は一枚二十円程度、縫紋型、抜染紋型はいづれも一枚五十円程度であるから、その平均額三十五円を右売却枚数に乗ずると、収入金額は二十八万円となる。而して必要経費については、原告の事業の実態を勘案して、同年中の光熱費二千四百円、雑費二千四百円、自転車税二百円、固定資産税のうち事業に関連すると認められる部分六百四十円、自転車修理費等三千円、減価償却費(自転車について千三百十二円、建物のうち事業に関連する部分五百三十五円)合計千八百四十七円、消耗品費(原告が計上する上画筆四千九十五円、太筆千八十円、砥石六百円、小刀千三百五十円、墨二百円、ろう三百二十円)合計七千六百四十五円、型紙代前記のとおり九千八百六十円を相当とみて原告の昭和二十八年度の所得金額を二十五万二千八円と推計した。したがつて、被告が右所得金額の範囲内で、原告の同年度所得税の総所得金額を二十二万六千八百円と認めてなした本件決定は正当であると述べた。(立証省略)

理由

原告が昭和二十八年度分所得税の確定申告をしなかつたところ、被告が昭和二十九年五月七日附で原告の同年度分所得税の総所得金額を二十二万六千八百円、所得税額を三万九千三百円とする旨の決定をしたこと、及び原告がその主張のとおりの手続を経て本訴を提起するに至つたことは、当事者間に争いがない。

そこで、被告のなした右決定の当否について検討する。

原告が昭和二十八年初頃から紋型彫業を営んでいることは当事者間に争いがない。

被告は原告の同年中の収入を推計するのに対し、原告は実収入額を主張するので、先づ後者についての証拠を検討する。

証人渡辺さだ子の証言、原告本人訊問の結果及び右証言並びに本人訊問の結果によつて真正に成立したものと認める甲第一号証の一乃至三(原告の請求書綴)によれば、原告の同年中の毎月末精算による収入の総計は十万九千九百八十五円で、他に現金取引による収入があり、原告はその現金収入を記帳した帳簿を備えているようにみえる。しかしながら、右甲第一号証の一乃至三は成立に争ない乙第六号証及び証人鴨脚秀明の証言並びに弁論の全趣旨に照し、取引の実際に即して作成されたものと認めることができないから、原告の収入を認定する資料とはなし難く、右に関する証人渡辺さだ子及び原告本人の各供述も右各証拠に照して措信し難い。

更に原告本人訊問の結果中には原告の本件年度における平均月収入は一万二千円から一万六千円である旨の供述があるけれども、この供述も漠然としており、にわかに信用することができない。而して他に原告の本件年度における実収入額を立証するに足る資料は全く存在しないから、原告の収入金額はこれを推計するほかはない。

証人市川隆三、の証言により成立を認める乙第三号証、証人鴨脚秀明の証言によつて成立を認める乙第四号証、前顕乙第六号証及び右各証言を綜合すれば、原告は本件年度中、一ケ月平均千円の型紙を買入れていたこと、右型紙は六丁判のキズものであつて、その単価は、三十円乃至四十円であること、キズのない型紙一枚であれば、紋型を四十八枚とれることが認められ、右認定に反する原告本人の供述は右各証拠に照し信用できない。

よつて、型紙の平均単価を三十五円と推定するを相当と認め、同年度中の型紙購入費用一万二千円を右三十五円で除すると、同年中の型紙使用量は三百四十二枚と算出される。

而して原告本人訊問の結果及び検甲第一乃至第六号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告は同年中に準備型を大小合せて約六百枚程作り、これに要した型紙は多くとも四十五枚であると推認される。したがつて、原告が準備型以外の紋型の製作に供した型紙は少くとも二百九十七枚であると推定される。

次に原告本人訊問の結果によれば、原告の購入している型紙はキズもので四隅に穴があり、破れているものもあつて、最悪の場合は一枚で紋型を三十枚位しかとれないことがあることが認められるから、この点を考慮すれば平均四十枚どりと推定するのが相当である。右認定に反する前記乙第三号証の記載内容は信用できない。したがつて、右型紙二百九十七枚では少くとも一万千八百八十枚の紋型がとれるものと推定される。

次に原告本人訊問の結果によれば、原告は現在の紋型彫業を始めるまで、大洋友禅株式会社の型職人として勤務していたことが認められ、そのことと紋型の製作に一割以上の彫損いがあつた旨の同人の供述とを考慮すれば彫り損じを一割五分と推定することは妥当である。したがつて、準備型を除く紋型の正味製作枚数を算出すると少くとも一万九十八枚と推定される。而して原告本人訊問の結果によれば、原告は昭和二十八年中準備型を営業に使用しなかつたこと、準備型を除く紋型は注文に応じて製作するものであるから製作枚数と売却枚数はほぼ相等しいことが認められる。そうすると同年度における原告の収入は結局右枚数の紋型を売却して、えた金額により算定すべきこととなる。

ところで原告本人訊問の結果によれば、原告方では紋糊型一枚二十円、縫紋型一枚三十五円、上絵型一枚三十五円であつたことが認められる。原告は右平均単価を二十円であると供述しているが、弁論の全趣旨よりすれば三十円と認定するのを相当とする。したがつて、少くとも右平均単価に前記認定の正味売却枚数を乗じた三十万二千九百四十円が同年中における原告の総収入金額であると推計することができる。

而して成立に争いのない乙第二号証の三及び弁論の全趣旨によれば、原告の必要経費は光熱費、自転車税、固定資産税、修繕費、減価償却費、消耗品費(画筆、砥石等)、型紙代、雑費等を考慮し、多くとも二万九千百三十二円と推定するのを相当とするから前記年間総収入金額から、右必要経費を控除した少くとも二十七万三千八百八円が原告の昭和二十八年度における純利益であると認めることができる。而して他に右推計を覆えすに足る資料はない。

従つて右純利益金額の範囲内で原告の昭和二十八年度所得金額を二十二万六千八百円と認めてなした被告の本件決定は正当である。而して原告の扶養親族が五人であることは、原告本人訊問の結果によつて明らかであるから、昭和二十九年法律第五二号による改正前の所得税法第十一条の七によると、本来なら十万五千円の扶養控除が認められる。しかしながら、右原告の所得金額は右扶養控除額と基礎控除額六万円との合計額をこえることが明らかであるから、同法第二十六条により原告は法定の提出期限内に確定申告書を提出しなければならないのに拘らず、これを提出せず、扶養控除の申請もしなかつたのであるから、同法第二十八条により扶養控除の規定の適用を排除されるのは当然であり、扶養控除をしなかつた被告の本件決定には何ら違法の点は存しないといわなければならない。

結局本件決定が違法であることを理由としてその取消を求める原告の本訴請求は理由がないことに帰するから、これを棄却すべきであり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石崎甚八 石川恭 佐古田英郎)

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